昨夜のこと、湯船に浸かりながらポッと”古式ゆかしき”という言葉が頭に浮かんだ。入浴中に唐突に何かを思いついたり単語が浮かぶのは、よくあることだ。
だけど、”古式ゆかしき”の正確な意味ってなんだろう?
”伝統的な”とか”由緒正しい”とか、そんな雰囲気の言葉だろうか。
ニュースなどでも「式典は、古式ゆかしき平安時代の形式を再現して……」なんて耳にするけど、なんとなく大雑把なニュアンスは分かっていても説明ができない。
実はきちんとした意味を知らないまま使っていたということに気がついた。
「”ゆかしい”といえば、奥ゆかしいという言葉もあるなぁ。同じ”ゆかしい”なのだろうか?」
”奥ゆかしい”は上品で謙虚なイメージ。”奥ゆかしい人”というと、なんとなくしとやかで、決して前に出ることなく、分をわきまえている人という印象だ。
ところで「ゆかしい」はどんな漢字を書くのだろうか? まさか、「床しい」ではないだろう。それでは”高床式”の仲間みたいになってしまう。
”ゆかし””ゆかしい”。もしかしたら古典の授業で習ったのかもしれないと記憶をたどってみるが、学校からもう数十年も離れているので、習ったかどうかさえ覚えていない。
頭の中は”ゆかしい”についての疑問でいっぱいになり、もうゆっくり湯に浸かるどころではなくなった。風呂から急いで上がり、疑問が消えないうちに一目散でリビングのスマホを取りに行った。
まずは”ゆかしい”で調べてみる。
すると、まず目に飛び込んできたのはまさかの「床しい」だ。続いて、「懐しい」。
「もしかして、床となにか関係があるの?」と思いながら読み進めると、goo辞書には3つの意味が書いてあった。
- 気品・情趣などがあり、どことなく心がひかれるようである。「―・い人柄」「古都の―・い風情」
- なつかしく感じられる。昔がしのばれるようすである。「古式―・い祭礼」
- 好奇心がそそられる。見たい、聞きたい、知りたい、欲しいなどの気持ちを表す。「五人の中に、―・しき物を見せ給へらむに」〈竹取〉
(引用:goo辞書)
なるほど、”古式ゆかしき”は昔がしのばれるという意味だったのか。心の中のモヤモヤが少し晴れた気分だ。
それじゃ、”奥ゆかしい”は、1番の気品・情趣などがあり〜という意味か。奥ゆかしい人というのは、おしとやかで自分からは前に出ない人のように思っていたけれど、実は「その人柄の奥をもっと知りたい、心惹かれる」という意味で、滋味深い人のことを指す言葉だったのだ。
この意味の中に”しとやか”などは出てこない。むしろ、時代的に昔はそうした人(主に女性だろう)が好まれたので、しとやかさなどは付随された価値のような気がする。
ならば、表面的ではなく深みのある人なら、いつも元気で溌剌とした人でも「奥ゆかしい人」と言えるのだろう。意外と間違えて覚えてしまっているものだなぁ。
他の辞典も調べてみよう。
weblio辞典さんでは、goo辞書の3番が1番目に書いてあった。
- 見たい。聞きたい。知りたい。
出典徒然草 一三七
「忍びて寄する車どものゆかしきを」
[訳] 目立たないようにそっとやって来る牛車(ぎつしや)の主が知りたくて。 - 心が引かれる。慕わしい。懐かしい。
出典野ざらし 俳文
「山路来て何やらゆかしすみれ草―芭蕉」
[訳] ⇒やまぢきて…。
こちらでは、「知りたい」「興味がある」が前面に来ていて、次に「心引かれる」「懐かしい」とくる。
なるほど、懐かしいか。だから「懐しい」と書くのだな……。
goo辞書には、例文もずいぶん掲載されていて、芥川龍之介の「杜子春」の一説も紹介されていた。
”・・・それは確に懐しい、母親の声に違いありません。杜子春は思わず、眼をあきました。そうして馬の一匹が、力なく地上に倒れたまま、悲しそうに彼の顔へ、じっと眼をやっているのを見ました。母親はこんな苦しみの中にも、息子の心を思いやって、鬼どもの鞭・・・”
昔読んだ時、「なつかしい」と読んでしまっていた。よく見れば送り仮名が違う。純文学の言葉って、本当に美しいと改めて深く思った。
ちなみに、「床しい」の語源は確かなことは分からなかった。”ゆかしい”の「ゆか」は「行く」の未然形だが、床とはほとんど関係がないということだ。
ただし、とこしえ(永久)という言葉に「とこ(床)」が使われていることから、永遠性などが含まれるという説もあるらしい。
日本語は本当に奥深く、知れば知るほど味わいがある。またひとつ、日本に生まれて良かったと思った。